2020年6月15日15時56分 
書評

2020.06.10 「データエコノミーの未来」

データを巡る個人と社会、経済活動の新たな重心を探る

book_FutureDataEconomy_s.png

本書は、2019年7月29日に開催された「日本流データ利活用の未来」というシンポジウムを素地として、後日追録加筆されたデータ利活用に関する有識者の原稿(第1-8章)と対談(第9章)で構成されています。上記シンポジウムのサマリーは第10章に掲載されています。


本書の責任編集者は、計量経済学が専門でネットメディア論、フリー・ビジネス、プラットフォーム経済、データ利活用戦略などを研究領域とされる山口真一氏(国際大学GLOCOM准教授・主任研究員)です。


ベースとなったシンポジウムのタイトルに「日本流」とありますが、今日のデータ社会における経済的発展、および社会的課題の解決、そして個人のプライバシー保護のバランスに関しては主要国で大きくスタンスが異なります。


米国は自由なビジネス競争とデータ流通を原則する一方、EU(欧州連合)ではプラットフォーマーに対して一定の説明義務を課すなどデータ提供者の権限保護に力点を置いています。中国では企業の保有データでも政府が利用することが可能な状態でありながらそれで治安が良くなることや利便性が向上することを受け入れる国民も少なくないという側面があります。


ただ、どのようなやり方にせよ、何らかのデータの集合体を保有しているだけでは価値が生まれません。データを使いこなすことが必要です。では「利活用」とはなんなのか。それは、魅力あるサービス、顧客基盤、ビジネスなどがあって初めて可能になることだ、と随所で指摘がなされています(第3、8、10章など)。


逆に、魅力あるサービス、顧客基盤、タッチポイントなどがあるところに顧客(個人や法人)に関するデータや各種産業データが集まってきます。それをタイムリーに収集し、マーケティングの精度向上や新たな商品・サービス開発、さらに市場開拓に生かすことでビジネスの競争力を一層強化することにつながります。


これに成功した企業の代表例が、いわゆるGAFAと言われる巨大プラットフォーマーです。


私自身もGmailやFacebookなどのサービスを日頃利用している一人です。とはいえ、寡占的な状態が市場に歪みをもたらしていることも見過ごせなくなっています。

企業の自由な経済活動を容認する傾向にある米国においてさえ、Facebookのデータを利用してロシアが米大統領選挙に関与した疑惑や、外部のアプリ開発企業と共有していたデータが社外からアクセス可能な状態に放置されていた事例などから、国民の間に規制の必要性を求める声が高まっています。


日本企業は、こうした事例を教訓にして、日本流のデータ経済を構築していかなければならないでしょう。本書にはその萌芽となる先行的な取り組みがいくつか紹介されています。


金融機関に寡占されていた個人の金融取引データなどを一定の制限に基づいて開放して新たな金融関連サービスが生まれるFintech分野では、金融規制当局が金融機関へのAPI開放などの制度設計を主導した事例が取り上げられています。また2017年施行の個人情報保護法改正に伴い導入された匿名加工情報を用いた「JCB消費NOW」という消費動向指数の提供サービスが挙げられています(第1章)。


プラットフォーマー企業がデータ集約型のビジネスモデルだとすると、これらの日本における事例はデータが企業間を転々と流通する型のビジネスモデルという点が対照的です。その意味で、日本にはプラットフォーマー企業が出てこない、というしばしば耳にする指摘は正鵠を射ており、むしろ向かうベクトルの先の1つが、(データ集約型のプラットフォーマービジネスではない)保護と利活用を両立する「データ流通」型のビジネスであることを示唆しています。


ただ皮肉なことに、データ流通型のビジネスが日本で生まれやすいとすれば、そもそもデータを一企業内で戦略的に活用できない、組織内のデータ活用人材の育成もしていない、という課題があえなく顕在化してしまったという見方も可能です。JR東日本のSUICAデータ(第三者提供が許されないデータ)が 分析業務の委託先企業にプライバシー影響評価がなされていない形で渡された出来事は、他社依存体質を浮き彫りにしました。またパーソナルデータと、パーソナルデータを含まない産業データを混用し、乱雑に扱ってしまった点も課題でした(第1、10章)。


本書の第5章には、米国GAFAや中国BATの躍進を聞くとデータ社会も成熟してきたと思うかもしれないが、そうではなくデータ利活用が盛んになっていくのはまさにこれからだ、という指摘があります。日本が出遅れている、ということはポジティブに見れば、伸び代も大きい、そういう見方もできるでしょう。


データをキーとした新たな経済圏(ビジネスエコシステム)はまだどんな姿になるのか定かではありません。ただ、社会の課題を解決し、マーケットを広げる中でそこで働く(生きる)個人も成長の機会を得ていく、それを支える公器としての企業も利益をシェア(おすそ分け)させてもらう、そんなビジネス像を私は想像します。日本流のデータエコノミーがもたらす可能性を考える機会を得た一冊でした。


https://www.amazon.co.jp/dp/4904305175/

[関連記事]

2020.03 データの相互運用性向上のためのガイド

2019.07 MyDataJapan 2019講演レポート

[keyword]

#DFFT(Data Free Flow with Trust) #自動運転技術 #データポータビリティ #情報銀行


--- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---